雑記

ネットで論破したと言うより、交渉力やコミュニケーション力を身に着け議論をしよう

インターネット界隈では、「論破した」「論破してやったぜ」と言い放っているのを目にします。特に一部のインフルエンサーは、「自己の言説をぶちまけて、締めくくりは論破してやった」と言っているのをSNSで見かけます。

でも「論破した」と気安く使うのには非常に違和感がある時があります。例えば、ブログで書いただけでコメント欄は封鎖、Q&Aみたいなやり取りで論破した、もしくはSNSで相手をブロックしているのに自分だけが意見を述べているケースは本当に論破しているのでしょうか?

それは単にコミュニケーション不全でしかありません。コミュニケーション力がないから「論破」といって一人で悦に浸っているだけです。

Sponsored link




論破とは何?

そもそも「論破」とはどのような意味かをデジタル大辞泉と日本国語大辞典で見てみます。なお、日本国語大辞典はあまり馴染みがないかもしれませんが、全10巻ある日本で最大規模の国語辞典です。

まずデジタル大辞泉には次のように書いてあります。

[名](スル)議論をして相手の説を破ること。「対立する意見を―する」

 

また日本国語大辞典には次のように書かれています。

議論によって他人の説を破ること。相手の理屈を立ちゆかなくさせること。説破。

 

つまり「議論する事」によって、相手の説や理屈を破るわけです。

議論するとは?

では「議論する」とはどういう事でしょうか?これも同じくデジタル大辞泉と日本国語大辞典で意味を確認します。

デジタル大辞泉には次のように説明されています。

[名](スル)互いの意見を述べて論じ合うこと。また、その内容。「―を戦わす」「―を尽くす」「仲間と―する」

 

また日本国語大辞典には

(1)互いに、自己の意見を述べ、論じ合うこと。意見を戦わせること。また、その意見。

(2)ある事柄を問題として、論ずること。

と定義されています。つまり論破するには、「互いの意見を述べて論じ合い、その上で相手の説を破る必要がある」と解釈ができます。

1人で一方的に意見を言っているだけでは論破すらならないわけですね。その前段階として議論があるので、これが出来ていない人は論破という言葉は独りよがりにしかなりません。

ネットやブログ界隈の論破とは?

ではネット界隈の論破とはどういう事でしょうか?

私が観測しているのはネットのごく狭い範囲かもしれませんが、自分の高説だけを垂れ流して、満足したら論破したと締めくくっている印象があります。そこには議論が殆どないのです。

つまり同じ土俵に乗らずに、観客席から野次だけ飛ばして、「俺はやってやったぜ!」と自己満足している感じですね。下記がイメージ図ですが、もしかすると土俵には誰もいないけれども、「論破した」と言い放っている人にしか見えない人がいるのかもしれません。

そして、それを観客席やテレビ中継で見ているのが私たちです。土俵にすら乗らず、議論さえせずに「論破してやった」と主張するのは、ピエロにすらなれないサルみたいなものです。

しかし、観客は「論破論破」と馬鹿の一つ覚えに叫ぶ人に対して、「馬鹿な事言っている」とか「論理性がないとか笑っている」いても、本人は聞く耳がないので本人に届きません。

少なくとも論破したというのであれば、①相手がきちんといる、②同じ土俵で議論が出来ている、③相手の理屈を破っているといった事は最低限必要だと考えます。

それらがない論破は単なる自己満足と自分が気持ちよくなる為の過大妄想に過ぎません。

議論や意見交換をすることが重要

議論をするとは「互いに、自己の意見を述べ、論じ合うこと。意見を戦わせること」であると確認をしました。

ただ仕事や家庭で議論をする事は、論破をする事が目的でしょうか?殆どは何らかの解決策をみんなで話し合ったり、今よりいい結論を導き出す事が目的の事が多いです。

自己満足的な論破ばかりしていれば、相手や周りからコミュニケーション力がない人と思われます。心掛けるべきは論破するのではなく、いい結論を出すための議論をする事です。