勉強

大学はいらないのか?大学不要論に思う、論じる人の学ぶ意味の理解の欠如

「大学に行く意味はあるのか?大学はいらないよね」こんな話(文章やつぶやき)をインターネットでたまに目にします。

でも本当に大学はいらないのでしょうか。

仕事で保育園を統括する人とお話した時に「保育士は専門学校や短期大学卒のほうが、保育に必要なスキルを身につけていて即戦力となる。でも、保育士として経験を積んで主任に向いているのは大学卒の人に適性が高い傾向がある」とおっしゃっていたのが印象的でした。

大学はいらないという人とその反論

大学は不要というのは、様々な世代や立場から聞く話です。

インフルエンサーと呼ばれる誰もが知っている有名人から、SNS上での自称有名人がSNSで呟いていたりします。またそこら辺にいる中年のおっさんからも聞くことがあります。

でも、その「大学はいらない」に対して、その立場に応じて様々な反論も聞きますね。

  • 「大学に行っていないのに、大学はいらないというのは負け惜しみ」
  • 「大学を出ておいて、そんな事をいうのか」
  • 「(特に中年から高齢者に対して)貴方たちがいた大学は闘争やレジャーランドだったかもしれないが、今の大学は違う」
  • 「働くか、学費と同じお金で企業したほうが、失敗しても大学で学ぶより学べる」
  • 「みんなと同じ大学卒になりたくない、みんなと一緒は嫌だ」

 

どんな立場の人が「大学はいらない」と言っても、個人の体験が基となっている、もしくは個人の意見だろうと捉えられた場合は、個人の意見でないかという反論もあります。また個人の体験からの主張だと、説得力は皆無と言ってもいいかもしれません。

その議論は常に平行線でお互い歩み寄る事はないでしょうね。

大学はいらないか考える前に

大学はいらないと考える前に、大学で何をするのかを考えるべきです。

例えば、「大学に〇〇を学ぶ為にお金を払うならば、そのお金を元手に企業したい」という人は、大学のイメージは中等教育(中学校や高等学校)で学ぶ事を同じに捉えているのかもしれません。

高校は与えられた問題や課題の解法を学ぶ所ですが、大学は自らが問題を発見し、自ら答えを追い求められるように自ら学ぶ所です。

また大学は専門知識を学ぶ所だけではありません。例えば、学士力※を涵養したり、学問を学ぶ為のアカデミックスキルを習得する所でもあります

※学士力とは、日本の大学を卒業すると身につく事ができる資質能力です。具体的には下記となります。

1. 知識・理解(文化,社会,自然 等)
2. 汎用的技能(コミュニケーションスキル,数量的スキル,問題解決能力等)
3. 態度・志向性(自己管理力,チームワーク,倫理観,社会的責任等)
4. 総合的な学習経験と創造的思考力

<参考>
「学士課程教育の構築に向けて」中央教育審議会答申の概要

また大学で学ぶのは、場当たり的な知識ではありません。先人たちが長い間をかけて研究し、積み重ねてきたものを学ぶのです。つまり目先の知識だけではなく、深い教養を身に着け、社会で生き抜く知識や能力を身に着ける場です。

大学卒業と社会

大学を卒業するという事は、学士力や専門知識を身に着け、一定以上の能力知識があるとみなされます。言い換えると、既に引かれている社会に出るスタートラインに立つのが容易になります。

大学に行かなくても、自分でスタートラインを設定して、そのまま走り切れる人は大学に行かなくてもいいと思います。ただ心配なのは、分からないのに「大学はいらない、起業すればいい」といって「ヤルヤル詐欺」をしている人なんですよね。

日本の大学進学は18歳が大多数と、諸外国の教育制度や大学から見ると際立った特徴があります。ただ最近はリカレント教育や社会人の学び直しが内閣府で議論されています。

内閣府で議論されているという事は、文部科学省はその議論を受け政策策定や制度設計、予算などが次年度以降につくようになるでしょう。働いてから、必要に応じて大学で学ぶという時代が近い将来来るのかもしれません。

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